海上保安レポート 2022

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 守り抜く、日本の海。


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

2 生命を救う > CHAPTER II. 救助・救急への取組
2 生命を救う
CHAPTER II. 救助・救急への取組

海では、船舶事故や海浜事故等により、毎年多くの命が失われています。

海上保安庁では、一人でも多くの命を救うため、救助体制の充実強化、民間救助組織等との連携・協力に努めており、実際に海難が発生した場合には、昼夜を問わず、現場第一線へ早期に救助勢力を投入して、迅速な救助活動を行っています。

また、沿岸域での海難を防止し、万が一海難に遭遇しても悲惨な事故とならないよう、関係機関とも連携・協力しつつ、自己救命策確保の周知・啓発等に取り組んでいます。

海上保安庁の海難救助体制
1 海難情報の早期入手

海上保安庁では、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号「118番」を運用するとともに、携帯電話からの「118番」通報の際に、音声とあわせてGPS機能を「ON」にした携帯電話からの位置情報を受信することができる「緊急通報位置情報システム」を導入しています。

また、令和元年11月1日からは、聴覚や発話に障がいをもつ方を対象に、スマートフォンなどを使用した入力操作により海上保安庁への緊急時の通報が可能となる「NET118」というサービスを開始しました。

さらに海上保安庁では、世界中のどの海域からであっても衛星等を通じて救助を求めることができる「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」に基づき、24時間体制で海難情報の受付を行っています。

今後も、これらのツールを有効に活用しながら、海難情報の早期入手と初動対応までの時間短縮に努めていきます。

2 海上保安庁の救助・救急体制

〜『苦しい 疲れた もうやめた では 人の命は救えない』〜

海難救助には、海上という特殊な環境の中で、常に冷静な判断力と『絶対に助ける』という熱い想いが必要とされます。

海上保安庁では、巡視船艇・航空機を全国に配備するとともに、救助・救急体制の充実のため、潜水士機動救難士特殊救難隊といった海難救助のプロフェッショナルを配置しています。

潜水士(Diver)

転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方の救出や、海上で行方不明となった方の潜水捜索などを任務としています。潜水士は、全国の海上保安官の中から選抜され、厳しい潜水研修を受けた後、全国22隻の潜水指定を受けた巡視船艇で業務にあたっています。

機動救難士(Mobile Rescue Technician)

洋上の船舶で発生した傷病者や、海上で漂流する遭難者等をヘリコプターとの連携により迅速に救助することを主な任務としています。機動救難士は、ヘリコプターからの高度な降下技術を有するほか、隊員の約半数が救急救命士の資格を有しており、全国9箇所の航空基地等に配置され、特殊救難隊とともに、日本沿岸の大部分をカバーしています。

特殊救難隊(Special Rescue Team)

火災を起こした危険物積載船に取り残された方の救助や、荒天下で座礁船に取り残された方の救助等、高度な知識・技術を必要とする特殊海難に対応する海難救助のスペシャリストです。特殊救難隊は38名で構成され、海難救助の最後の砦として、航空機等を使用して全国各地の海難に対応します。(昭和50年10月の発足からの累計出動件数:5,645件(令和3年3月末時点))

全国の救助・救急体制(令和4年4月1日現在)

全国の救助・救急体制(令和4年4月1日現在)
3 救助・救急能力の向上

海上保安庁では、海難等により生じた傷病者に対し、容態に応じた適切な処置を行えるよう、専門の資格を有する救急救命士を配置するとともに、平成31年4月1日から、「救急員制度」を創設し、応急処置が実施できる救急員を配置するなど、救助・救急体制の充実強化を図っています。また、全国各地の救急医療に精通した医師等により、救急救命士及び救急員が行う救急救命処置等の質を医学的・管理的観点から保障し、メディカルコントロール体制を構築することで、さらなる対応能力の向上を図っています。

さらに我が国の広大な海で多くの命を守るためには、海面を漂う船等がどの方向に流れていくかを算出する漂流予測が重要となります。

一人でも多くの命を救えるよう、海上保安庁では、測量船等による海潮流の観測データを駆使し、気象庁の協力も得て、漂流予測の精度向上に努めており、気象条件、漂流目標の種類等により、捜索区域を自動で設定する「捜索区域設定支援プログラム」を開発し、当該プログラムを活用することで、より効率的かつ組織的な捜索救助活動に努めています。

海上保安庁メディカルコントロール協議会総会

海上保安庁メディカルコントロール協議会総会

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

4 他機関との協力体制の充実

我が国の広大な海で、多くの命を守るためには、日頃から警察・消防等の救助機関や民間救助組織との密接な連携・協力体制を確立しておくことが重要です。特に、沿岸域で発生する海難に対しては、迅速で円滑な救助体制が確保できるように、公益社団法人日本水難救済会や公益財団法人日本ライフセービング協会等の民間救助組織との合同訓練等を通じ、連携・協力体制の充実に努めています。このほか、大型旅客船内で多数の負傷者や感染症患者が発生した場合を想定した訓練を、関係機関と合同で行っています。

関係機関との合同訓練

関係機関との合同訓練

水上オートバイ用曳航器材の開発

海上保安庁では、現場からの要望や提案に基づいて、海難救助の際などに使用する装備を独自に開発しています。

ここでは、開発品の一つである「水上オートバイ用曳航器材」を紹介します。

これまでの水上オートバイの曳航は、準備作業に多くの時間を費やすだけでなく、救助者も海に入らなくてはならないことから、時間と労力を要する危険な作業でした。また、水上オートバイは幅が狭いことから曳航時に姿勢が不安定になりやすく、転覆して船体・エンジン等が損傷する可能性もありました。

これらの課題を解決するため、現場の海上保安官からのアイデアを基に、「水上オートバイ用曳航器材」の開発に着手しました。開発に至っては、「誰でも安全、迅速、確実に」をコンセプトに掲げて、何度も検討・試作を重ねました。その中でも取り付け方法の簡略化や水上オートバイの姿勢を安定させることに苦労をしましたが、各関係先の協力を得ながら、やっとの思いで開発品を完成させることができました。

この開発品は、主にネット、索、跳ね上がり防止ベルトの3点で構成されており、ネットで救助する水上オートバイの船尾を覆い、そのネット端から延びている索を引いて曳航を行うものです。(写真参照)

この開発品により、救助者は海中に入ることなく、迅速、安全に作業を行うことができるとともに水上オートバイを安定した姿勢で曳航できるようになりました。

この開発品は、各管区への配備も順次行っており、海保だけでなくさまざまな機関や団体にも広まることを期待しています。

なお、この「水上オートバイ用曳航器材」は、技術的に高度な発明として認められ、令和3年8月に特許登録されました。

特許証
曳航器材
5 国際的な救助協力体制

我が国遠方海域で海難が発生した場合には、迅速かつ効果的な捜索救助活動を展開するため、中国、韓国、ロシア、米国等周辺国の海難救助機関と連携・調整の上、協力して捜索・救助を行うとともに、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」に基づき、任意の船位通報制度システムである「日本の船位通報制度(JASREP)」を活用し、要救助船舶から最寄りの船舶に救助協力を要請するなど、効率的で効果的な海難救助に努めています(令和3年JASREP参加船舶2,131隻)。

また、海上保安庁は、我が国の主管官庁として、平成5年にコスパス・サーサットシステムの運用に参加しており、衛星で中継された遭難警報を受信するための地上受信局をはじめとする設備を維持・管理しています。さらに、北西太平洋地域(日本、中国、香港、韓国、台湾及びベトナム)における幹事国として、他の国・地域に対する遭難警報のデータ配信や同システムの運用指導等を行うなど、国際的に重要な責務を果たしており、同システムの運用により、令和2年には北西太平洋地域で455人の人命救助に貢献しています。

*遭難船舶等から発信された遭難警報を衛星経由で陸上救助機関に伝えるためのシステムであり、現在、45の国・地域が参加する政府間機関「コスパス・サーサット」によって運用されている。

自己救命策の確保の推進〜事故から命を守るために〜

海での痛ましい事故を起こさないためには、「自己救命策3つの基本」が重要であるほか、「家族や友人・関係者への目的地等の連絡」も有効な自己救命策の一つです。

●自己救命策3つの基本

①ライフジャケットの常時着用

船舶からの海中転落者について、過去5年間のライフジャケット非着用者の死亡率は着用者の約5倍となっていることから、海で活動する際にライフジャケットを着用しているかが生死を分ける要素となります。なお、ライフジャケットは、海に落ちた際に脱げてしまったり、膨張式のライフジャケットが膨らまないといったことがないように、保守・点検のうえ、正しく着用することが大切です。

②防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保

海難に遭遇した際は、救助機関に早期に通報し救助を求める必要がありますが、携帯電話を海没させ通報できない事例があるため、対策としてストラップ付防水パックを利用し、携帯電話を携行することが重要です。

③118番・NET118の活用

海上においては目標物が少なく自分の現在位置を伝えることは難しいことがあります。救助を求める際は、携帯電話のGPS機能を「ON」にしたうえで遭難者自身が118番に直接通報することにより、正確な位置が判明し、迅速な救助につながった事例があります。

●家族や友人・関係者への目的地等の連絡

海に行く際には、家族や友人・関係者に自身の目的地や帰宅時間を伝えておくほか、現在位置等を定期的に連絡するなども、万が一事故が起きてしまった場合に、家族等周囲の人々が事故に早く気づくきっかけとなり、速やかな救助要請、ひいては迅速な救助につながります。

自己救命策の周知・啓発活動

海上保安庁では、海を利用する人が自らの命を守るためのこれら方策について、地元自治体、水産関係団体、教育機関等と連携・協力した講習会や、沿岸域の巡回時のみならず、メディア等さまざまな手段を通じて周知・啓発活動を行っています。

講習会の様子

講習会の様子